手紙をキャスターが朗読するにとどめよう考えていた。
ところがこの人は、スタジオの中で語る決心をしたのである。
この発言の後で、いろいろな人が挙手をし、話し出した。
静かに聞いていたH.Yさんも語った。
何とも言えず、さわやかな気分がスタジオ中に広がっていた。
自分は絶対に感染者を差別しないと決意表明をする少年や、身近な人たちにエイズのことを話していくつもりだ、と言う高校生が出てきた。
収録が終わった時、H.Yさんの周りには、何人もの若者が握手を求めて集まってきた。
どの顔も紅潮していた。
この日、外はみぞれ混じりの寒ト日だったが、ここは和やかで暖かな空気に満ちていた。
この時スタジオには、H.Yさん以外にもう一人、感染者がいた。
会社をクビになりそうだ、とVTRリポートの中で訴えていた血友病の青年が、目立たない所でスタジオの進行を見ていたのだ。
彼は若者たちに混ざってH.Yさんと握手し、励ましあって別れた後、ポツリともらした。
自分が感染している、と告げた後に受ける迫害を、十分身にしみて感じているはずの人が、思わずこう言ってしまう温度があったのだ。
スタジオという非日常的な空間であるにせよ、こんな空気がうまれたことに、うれしくてたまらなかった。
この日の討論は、九〇分にまとめて放送した。
多くの反響が寄せられたが、「若い世代に希望を感じた」という声、がいくつもあった。
感染者や家族からの電話の声も明るかった。
「いつのまにか、こういう時代になっていたんですね」と感慨深げな感染者もいた。
ほんの少し前までエイズは、血友病患者か男性同性愛者といった少数の人の病気で、一般の人には関係がないと思われていた。
ところがいつのまにか、特に若い世代にとっては切実で身近な問題になっていたのである。
HIVが社会に入りこんでくるスピードの速さにうちのめされる一方で、真摯にエイズに向きあおうとする若い世代をみると、人間もまんざらじゃないと思う。
日本のエイズ患者・感染者は、一九九二年末までで二七三一人。
血液製剤による患者・感染者一六八五人を除いた一〇四六人が主に性行為による感染者である(厚生省発表)。
しかし、これは抗体検査をした報告者数にすぎない。
潜在的な感染者数は、およそ七千人という説もあれば、すでに数万人に達しているという推計もある。
患者・感染者数は他国に比べれば少ないし、増加のしかたも緩やかだが、この一、二年の対応が遅れれば、他国のような“感染爆発”もありうる、と警告する専門家もいる。
また、たとえ日本が“感染爆発”を抑えられたにしても、今世紀末に世界の感染者は数千万人にのぼるとされている。
とりわけアジア地域での感染拡大が予想されるなかで、日本だけがこの病気に無縁でいることはできないだろう。
もう私たちは、エイズとともに生きる時代に突入しているのである。
私はたまたま一九八七年からエイズの取材を始め、今までに大小とりまぜて一七本のエイズ関連番組を作ってきた。
エイズは不思議な病気だと思う。
その社会がこれまで置き去りにしてきた難しい宿題を、あぶり出してしまう病気なのだ。
エイズの取材をしていくと、医療がかかえている問題だけでなく、日本が病人や障害者、在日外国人などに冷たい社会であること、遅れている性教育、売買春が日常的に容認されている性風土……などの問題に直面せざるをえない。
しかもエイズの蔓延を防ぐには、建前のきれい事を唱えているだけでは、何の役にも立たない。
その社会が本気になって、感染者への差別や偏見をなくし、その生活と人権を保障していこうとしない限り、感染は広がり続ける。
これらは諸外国がエイズとの闘いに、いかに苦戦しているかを見ての教訓である。
初めはエイズにあまり関心のなかった人間が、取材を続けていくうちに、感染者やその家族、友人たち、医師、ボランティアの人に出会い、いつのまにか、エイズとともに歩いている自分に気がつく、これが私の六年間だった。
この間に日本のエイズ問題のほとんどが出しつくされ、未解決のまま現在に至っている、と言っていいだろう。
いま、必要なのは、残されているたいへんな“宿題”の一つひとつをていねいに検証し、解いていくという地道な努力である。
一九九二年は、エイズ予防キャンペーンが異常な盛りあがりをみせた年だった。
そのはずみもあったのだろう。
九三年度の国家予算では、エイズ関連予算がこれまでの二一億円から、一挙に五倍にはねあがり、一〇〇億円をこえた。
しかし本当に、エイズと生きる時代のために、社会のシステムや私たちの意識まで変えることができるのか、日本はいま試されているのだと思う。
どういうきっかけで京都のI.Yさんを訪ねることになったのか、今でははっきりしない。
おそらく新聞の記事で、I.Yさんが関西の血友病団体の代表になっていることを知ったからではなかったか。
私は障害者団体や難病患者のグループを訪ね歩いている最中だった。
京都駅の南方面、家が軒を並べている路地のつきあたりに、そのこぢんまりした自宅兼事務所がある。
事務所というよりは、血友病エイズに関するおびただしい数の資料置き場、という方が正確だろう。
扉を開けると、廊下の両側には資料ガンそり立っている。
体を斜めにして部屋に入り着くと、やはり資料類のすき間にできた小さな空間で、I.Yさんたちが冗談をとばしながら働いていた。
患者仲間の相談を受け、機関誌を作り、電話やパソコン通信で情報交換―これは当時も今も変わらない。
その後、エイズの取材でここを何十回となく訪ねることになる、とは考えもしなかったし、初めての取材で、I.Yさんからエイズの話を切り出されることも予想していなかった。
一九八六年一一月のことである。
私は当時、「おはようジャーナル」(N放送局総合テレビ朝八時半〜九時半放送)で、産婦人科医療と生命倫理の問題を番組にしようとしていた。
テーマは二つあった。
ひとつは体外受精や人工授精、代理母などの不妊治療で、もうひとつは胎児診断である。
現代の医療技術は、妊娠・出産という生命が誕生する時の“神秘”を、人間の手でコントロールできるものにしてしまった。
この技術の意味と重さをいま一度問い直そう、というのが番組のねらいだった。
胎児診断でいえば、これまでの羊水チェックや超音波診断に加えて、絨毛診断が登場し、遺伝子診断の研究も進んでいた。
そして血友病の兄弟を持つ女性が妊娠した時に、胎児が血友病かとうかを判定する新しい方法が開発されたばかりだった。
胎児診断によって胎児に何らかの障害や病気が見つかった場合、出産を諦めて中絶を選択するケースが圧倒的に多い。
このため胎児診断は、障害者や遺伝病の患者たちの生きる権利を脅かしかねないという大きな問題をはらんでいる。
私は最先端の医療現場を取材しながら、障害者や難病団体の人たちとその家族に、この問題をどう考えているのかを聞いて回っていた。
そのひとつ、が、血友病患者団体だったのである。
I.Yさんは、懐かしいグループサウンズ時代を思い起こさせるマッシュルームカットの長髪で長身、柔らかな京都弁を話す。
率直で大きな人、というのが第一印象だった。
打ち合わせがほぼ終了し、取材可能な血友病患者のプロフィールを聞いたり、インタビューの日程を決める段になって、I.Yさんは、「今回の番組では、エイズのことには触れないでほしい」と切り出してきた。

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